大関フジ大関フジ

より良い人間関係づくりの土壌となる集団の醸成に、教員は努力します。孤独で寂しい人を作らないように気遣うことができる、温かい集団づくりは大切なことです。が、配慮される側の特徴が強すぎる場合、周囲の対応力には限界があります。でも、その限界を感じさせずに人と交流できる生徒がいました。優紀(ゆうき)です。優紀は男児として出生し、女子と共に遊び、学び、学童期を過ごしました。同級生と明るく交流する姿が印象に残っていますが…。

男子集団とも、女子集団とも自然に交流し行き来できる優紀

ここまでのいきさつ →  LGBTQ「痛みを抱えて生きる?」①(Eさんの持ち味 担任悪4③) 

ひそやかな嘲笑

いつも明るい表情を見せていた優紀。

ただ、同級生らとの穏やかな関わりとは違い、他学年児童生徒の反応は…。

中学校入学式の呼名場面で、ひときわ「かん高い(女子っぽい)声」の返事が聞こえた時、他学年生徒から嘲笑が聞こえました。

ごく近い人にしか聞こえない程度の声でしたが、からかいの種として浮上しがちであることが窺えました。

私も含め教員らは、差別的な言動行動について指導助言をしていました。

おおむね、聞き分けの良い生徒集団だったため、以降、差別的態度が教師の目に触れることは、ほとんどありませんでした。

あったとしても小規模で、反省や行動改善につながるものでした。

人知れず胸を痛める日々?

でも、生徒個々人の内面、全てなど知りようもありませんし、教員の目に見えない場面までは、観察も指導もできないことです。

人知れず優紀が胸を痛める場面は、あったと推測されます。

優紀の学級担任は、私の知る限り、最も指導力のある教師の一人でした。

特徴のある生徒について、問題が特殊であればあるほど、教師一人で抱えずにチーム対応するべきなのですが、学級担任が一人で抱えた分量がどうしても多くなっていたと思われます。

あとで知った自殺未遂件

地元の方から後で聞いたことですが、優紀が中学2年の頃、祖父から「死んでしまえ」と罵られ、自殺未遂件があったとのこと。

実際は、2階の屋根から「ここから飛び降りたら死ぬのかな」と跳び降り、腰を捻挫したようだと。

確実に命を絶とうとするほど、動機が強くなかったようですが(近所にある断崖には行かなかった)、強い自暴自棄による行動です。

確かに、数日学校を欠席し、その後装具装着で出校していた頃がありました。

でも、その様子はいつも通り、朗らかな優紀(装具についても上手くごまかしていた)だったので、後で聞いたときは本当に驚きました。

優紀は無事に中学を卒業したと思えていました。

ただ、それは私の「目に見える範囲の無事」であり、その背景は知りません。

当時の学級担任は、優紀に対し親身になって対応していました。

でも、その懐の深さに甘え、同僚としてあまり力になれなかった感を抱いています。

男子集団と女子集団の自然な行き来

優紀は、基本、女子と一緒。

トイレや着替えでは、「じゃぁね」と分かれ、男子らと普通に談笑していました。

授業や行事のグループ分けでは、男女区分が必要な場合は、自然に男子グループに収まり、区分不要の場面では女子と一緒。

合唱のパート分けでは、アルト(女声)かテノール(男声)どちらも可能だからと、音楽教師が本人の希望を尋ねました。

すると、「どちらでも。(音量バランス上)都合の良い方に振り分けて下さい。」と、大人な対応だったそうです。

初めて目にした「オカマ」よばわり

卒業時、卒業アルバムのフリーページに、生徒ら各々が祝い合い励まし合いなどの言葉を書き込むのは、恒例の出来事です。

 

 

 

 

優紀が私の元にも、「ひと言書いてください」と、笑顔で卒アルを持って来ました。

それを見て驚きました。

「ステキなオカマになってね」などの記述があります。

「オカマ」だとか、「オトコオンナ」だとか、これまで優紀の周囲で聞いたこともない言葉がありました。

卒業間際の高揚する気分のまま書き合って、調子に乗った?とも思えますが…。

あくまで明るく曇りのない笑顔

記入内容にショックを受けた私でしたが、そばにいた優紀の表情はいつも通り朗らかだったので、この件を追及せず、エールを送る意味合いの言葉を書き終えました。

気掛かりな言葉について言及したい思いがありました。

でも、中途半端になりそうで躊躇しました。

ひとつの時代の終わり際に、嫌な色を印象付けそうなものを、わざわざ掘り下げ、色濃くさせてしまう気にはなれなかった…。

目の前の優紀の表情は、あくまで明るく、曇りのないもの。

その表情の前に私は、この子の内面をこじ開けることはできませんでした。

問題の輪郭をはっきりさせることや、その解決を図ることなど、私の力が及ばないような気がしたのです(ただの言い訳ですが…)。

感謝を伝えたつもりなのに

そして、優紀から学ばせてもらった、「“自然に他者を受け入れること”の、新たな道筋」についての感謝を伝えました。

優紀は「え?そう?うれしぃ~。」と応じていましたが、私は、自分の言葉不足、表現力不足を感じていました。

私が優紀から受けた「感銘」を、もっと具体的に、強い思いを込めて伝えたかったのにと。

続きをごらんください(後日掲載)。

 

上記内容は仮名であり、一部改変しています。