はじめに「このサイトを作った理由は」:モンスターペアレント対応をきっかけとして

大関フジ大関フジ

中学校教師30年の経験から事例を紹介します。仕事熱心な教師の、心の整理の一助になればと…。ここに徐々に掲載していきます。ご自身の悩みに似た事例があれば、参考にしていただければ幸いです(・。・;。

こんにちは 大関フジです。

私は中学校教師でした。


大規模校から小規模校(生徒数1000人~50人)に赴任しました。

最短3ヶ月(講師)最長10年(教諭)の、10校歴任です。

人間関係のるつぼで働いていたように思います。

生徒、同僚、保護者との苦労話や素晴らしい思い出がたくさんあります。


家族事情(引っ越し)で退職しましたが、現役教師として今も業務に奔走する同業者たちに、少しでも役立てればと思っています。


「学校現場での経験を今後に生かしたい。具体的な事例を掲載し、教師の悩み解決の一助としたい。」との思いから、このサイトを立ち上げました。

仮名にするなど改めつつ、紹介します。

文化祭仮装での花ヨメ役の写真を掲載してみた!目ェ開けたら別人ですケドの奇跡の1枚。

今はツレの仕事を手伝いつつ(このごろは作業場で玉砂利選別)キョーシ時代の思い出やら学びやらを綴っていきます!

一度きりの中学生時代

入学して卒業までの3年間、男子であれば外見も声色も激変の時代。そして男女問わず、この時期は価値観の再編成が起こる頃と言ってもいいでしょう。

生徒本人も、自らの変化に戸惑い、保護者にとっても対応に苦しむことが多い時期です。

教師にとっても、一筋縄でいかないことが起こりがちです。

それぞれの感情の縁(へり)が際立ち、ぶつかり合うこともある。

それは、それぞれが一生懸命だから起こること。

ぶつかったからこそ、わかることもある。そしてそれは、成長の機会になることがある。

私たち教師は、生徒同士、生徒と保護者、そして、教師と生徒との関りのなかで、生徒が成長していく様子を何度も見ます。

それぞれにとって、一度きりの中学時代。この激変の時期に関わる中学教師は、この上なくやりがいのある仕事だったと、退職した今も、思っています。

中学教師だったからこそ、味わえた濃密な時間

私、大関フジは、実子を持たなかったため、家族としての子育て経験はありません。

ただ、家族としての子育てをする自分像について、たまに浮上するイメージがありました。

それは、乳飲み子や幼児期、小学校時代をすっとばして、いきなり思春期になって私の目の前に現れるというもの。そのほうが、自分にとって、しっくりくるのです。

我が子としてではなく、教え子として期間限定で目の前に現れる、この出会いは、

私自身にとっても、ちょうどいい流れにあったのではないかな。そう思えたりします。

生意気な口をきいて、強がって、一生懸命頑張る姿。

友達に悪いことをしたと心から悔いて、大粒の涙を流す姿。

親にずっと言えずにいたことをやっと伝えて、互いの温かい思いを認め合った姿。

それらを見て、共感して、共に考え合うことができてよかった。

生徒の成長を目の当たりにし、私自身が涙したことも、何度もあります。

それらは、子供たちと共に過ごさせてもらったからこそ、味わえた喜びでした。

そして中学時代だったからこその、密度の濃い時間を過ごせたと思っています。

感情労働ゆえの危険がある仕事

仕事熱心であればあるほど、「感情労働」としての要素が、どんどん大きな割合を占めていく教師の仕事。

いっこの人間として「自分」を保ち、多岐にわたる事柄に対してより良い対応をするためには、相応の自己調整力が必要です。

生徒個人の特徴への見取り、生徒同士の関係性の観察、それに保護者、同僚らとの関りも、からまります。

ざっくりあっさり人間関係を決済できる人と、ひとつひとつを深く考える人とでは、感情消費量は雲泥の差です。

そして、深みにはまれば、それは底なし沼にもなりえます。

燃え尽きて教師退職となる前に

教師退職後、5年以内、10年以内に、他界する例は少なくないそうです。生命保険の担当者から聞きました。

バリバリの教師時代を終えて退職後、燃え尽きた灰のようになって、ぼんやりと近所を散歩しているだけの知人もいます。

私は家族事情で早期退職を選択し、60歳満期を迎える前に、教育現場を離れました。

図らずも、燃え尽きる前に現場から離れたとも思えるのです。

現職時代、朝は7時に学校に着き、夜は7時まで学校にいるのが基本でした。(週に2日程度)

追加案件があれば(ありがち)、8時9時になるのは、ざらでした。(週に3日程度がそれ。さらに休日出勤もありました。)

校内分担業務が多いときは、連日10時まで学校にいたこともありました。

その忙しすぎた日々は、良くも悪くも中身は濃く、充実という意味では、とびきりのものだったと思います。

刺激に満ち、「飽きる」ということはありえない仕事でした。

ただ、疲弊を重ね、病んでいった同僚もいます。

自分自身も、けっこうぎりぎりなラインを乗り越えてきたこともありました。

退職後、私はトシ相応の仕事を得、時間的にゆとりを持って生活しています。

当初、昼食や夕食をゆっくり楽しめること自体を新鮮に思ったものです。

具体的な事例と対応例を生かせたら

あの驀進しまくりだった多忙な日々を、懐かしく思うこともあります。

でも、自分が早期退職したからこそ、その若さの分、「懐かしむ」気持ちを持つ余裕があるような気もします。

そして今、重なる疲労にあえぎながら、日々の仕事に邁進している現役教師たちの力になりたいと思うようになりました。

ストレスフルな感情労働は、仕事熱心な教師を蝕むことがあります。憂鬱なことが重なることもあります。

少しでもその荷物を軽くしてほしい。その手助けができたらと思います。

生徒も保護者も教師も、それぞれに一生懸命だからこそ、ぶつかり合いが起こる。成長を望む心は一緒なはずなのに。

その問題の質は、各人が持つ十人十色の個性が織りなすものです。いわば、十件十色。

ボタンの掛け違いもある。発想の転換でラクになれることもある。

それらはバリエーションがありすぎて、枠組みにはめ込んだり、一般化して考えるには、無理があるでしょう。

問題が勃発し、どうやって解決しようと悩んだ時、一般化された解決策だけでは机上の論と大差ありません。

なるべく具体的な事例、対応例こそが、悩む教師に寄り添うことができると考えています。

「身近なこと」に思える情報を

私自身、教師のスキルアップに最も重要だったのは、身近なところから得る情報でした。

書籍を読んだり校外研修で得た情報も、勉強になりましたが、事例から学んだことのほうが、はるかに多かったです。

そして、深い学びがありました。

同僚として働く先輩教師からの学びによって、私は育てられてきました。

また、ここ数年、ネットで得る情報「どこか遠いところで、本当にあった事例」を知ることにより、それに救われたことも、何度かありました。

「自分だけではない」と思えました。

寄り添ってもらったような気持ちになれました。

どこか遠いところで、本当にあった事例

どこか遠いところで、本当にあった事例、

関わる人物の息遣いが感じられるような事例こそ、人間関係の“るつぼ”で働く教師に、寄り添うことができるのではないか。そう思っています。

このサイトでは、保護者との関りを中心とした事例・対応例、また、それをきっかけとして考え併せたことを、徐々に掲載していきます。

仕事熱心なあなたに、少しでも力になれたらと思っています。

ちなみに、私はこのサイトをつくるにあたり、勉強しました。

正直、学生時代に使っていた旧式の“ワープロ”が、いっちばん使いやすいというのが本音でした。

そんな私が、サイト構築できたのは、のオンライン講座で学べたからです!資産構築型ネットビジネス入門教材

講師先生は熱心な方ですので、お勧めですよっ(*^^*)!

30年の教育実習を終えて

私が教員を始めたとき、先輩教員が言った言葉が、今も印象に残っています。

「昨日まで大学生!そっかぁ~。じゃあ今から、長~い長い教育実習が始まるんだな。」

学校現場で最初に出会った、A先生。とても思い出深く、頼りになる先生でした。力になっていただき、感謝しています。

学校に足を運んでの学びは、教師退職と共に終わりましたが、以降の私的学びも紹介しようと思うに至りました。紹介させていただきます(^^)。

長~い長い教育実習の、後日談です。

30年の教育実習を終えて、現在。

 

 


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“モンスターペアレント…「理不尽な文句に、もうヘトヘト…」” https://kokoronoseiribako.com/monpe-sensabanbetu1/

 

 このサイトに掲載している人物名は仮名であり、内容を一部改変しています。