その後、生活費を稼ぎだすようになったらしい
中学校教師30年の経験から事例を紹介します。仕事熱心な教師の、心の整理の一助になればと…。ここに徐々に掲載していきます。ご自身の悩みに似た事例があれば、参考にしていただければ幸いです(・。・;。
その後、父親も母親も仕事に就き…
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その後のことですが、母親は仕事に就きました。
父親の仕事については、はっきりしたことはわかりませんが、
収入につながる仕事をするようになったと、聞いています。
出会った頃の親しみやすい人柄
後に、この件を考えてみました。
父親は愛想がよく、話好き。
新学期早々の定期家庭訪問で、たまたま庭先にいた父親と話した際、会話が楽しかったことを覚えています。
冗談を交えながら話してくれていました。
そういえば、「学校の先生も大変だな。なにかあった教えてくれ。」とか、「オレにドンとまかせておけ」と言っていました。
何をドンとまかせるのかな?と正直不思議に思っていましたが、心意気は伝わってきたので、嬉しく思ったものでした。
道具の発明や創作料理
現実に合わない理想を語っていた父親。
でも、努力の方向性は定まりませんでしたが、飲んだくれて寝てばかりだとか、そういうことではありませんでした。
私には用途不明でしたが、あの木工作品は、人に役立つ道具としての発明品?だったのかもしれません。
また、屋台おでんでは、具材じたいが目新しいものだったと聞きました。創作料理だったのかもしれません。
ひょっとすると、芸術家肌だった(?)とも思えます。
まるっこい見た目で、サービス精神旺盛な語り口。
どこか憎めない味がありました。
ずっとこだわっていた価値観
私は、父親がずっとこだわっていた価値観を、一瞬で壊してしまったのかもしれません…。
今どうしているかなど、考えても仕方ありませんが、
ご自身がやりたいことと、現実の生活の折り合いをつけて、
あの人好きのする一面や創造性を生かして、暮らしていてくれたらなぁ…と思っているところです。
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上記内容は仮名であり、内容を一部改変しています。